農水省のプロジェクト「SDGs対応型施設園芸 事例普及事業」に参画しました
目次
「今年の米、すごく美味しかったって、名古屋の焼肉屋さんが言ってくれたんですよ」
少し照れたように、でも確かな喜びを込めて話してくれたのは、ある会津の農家の方でした。
先日、100町分の米調達のミッションをもって、農家を訪問した際のことです。米価が不安定になり、農家も飲食店も米の取引に悩みを抱える中で、この何気ないエピソードは、印象的でした。
価格や量の話ではなく、「味が良かった」と言われたことを心から喜ぶ姿に、私ははっとさせられました。農家にとって、どこに、どう売るかという取引の本質は、価格や条件だけではないということに、改めて気づかされたのです。
米調達に関わっていると、どうしても価格交渉が中心になります。飲食店や流通業者が少しでも安く、安定的に仕入れたいと考えるのは当然です。しかし、農家の話を聞くと、それだけでは測れない価値観が浮かび上がってきます。
「高いところには売りたい。でも、それ以上に“ちゃんと向き合ってくれるか”が大事なんです」
そう語ってくれたのは、30年以上米作りを続けてきたベテラン農家でした。
実際、ある調達担当者が取引の打診をしても、「取引価格が後から決まる」「精算がよくわからない」などの理由で断られたケースを耳にします。一方で、価格は多少劣っていても、納品時に「ありがとうございます」と感謝を伝え、収穫後には「味がよかった」とフィードバックする飲食店とは、むしろ喜んで取引を続けたいと話していました。
価格だけで選ばれる時代は終わり、これからは「どんな関係で買うか」が問われる時代なのです。
先述の焼肉店が、なぜ農家にとって“話したくなる相手”だったのでしょうか。その理由は、意外なほどシンプルです。
ひとつは、直接の言葉によるフィードバックです。「この米、美味しいですね」と言われたことで、農家は名古屋と会津は遠く離れているけれど「ちゃんと米を見てくれている」「自分の仕事が報われている」と感じたといいます。
もうひとつは、顔の見える関係です。定期的にスタッフが農家を訪問し、どんな土壌で育てているのか、どんな工夫をしているのかを学び、店内でもそのことをお客様に伝えていたのです。
農家にとって、自分の米がどう扱われ、どんな評価を得ているのかが見える関係は、特別な安心感をもたらします。そして何より、「信頼できる相手」として誠実な対応を続けてきたことが、農家との絆を深める決定打になりました。
価格や数量の調整だけではなく、「一緒に良いものをつくろう」という姿勢。そこにこそ、調達の本質があるのです。
今、飲食店チェーンや農協の多くが「米が足りない」「農家が離れていく」と悩んでいます。
しかし、農家から見れば、「売りたいけれど、安心して売れる相手がいない」という悩みもまた、存在しています。
需給の不安定さは、単なる市場環境の変化ではなく、“関係の希薄さ”の表れでもあります。農家が誰に米を売るかを選ぶ時代。信頼関係があれば、「今年もお願いします」と向こうから声をかけてくれる。関係がなければ、「他に回します」と静かに離れていく。
最近では、農家の経営規模も拡大しており、20~30ヘクタール以上を手がけるところも増えています。こうした農家と長期的な関係を築くことは、飲食店チェーンにとって大きなメリットです。安定的な供給に加え、希望する品種や栽培方法にも対応しやすくなります。
関係性とは、価格交渉以上に重い“確保の保障”なのです。
「ありがとう」と言われて嫌な気持ちになる人はいません。それは農家も同じです。
私たちは、日々農家と話す中で、「感謝されると、また頑張ろうと思える」と多くの方が口にするのを聞いてきました。
ある農家はこう話します。「以前は、ただ“何俵出せ”って言われるだけだった。でも最近の取引先は、わざわざ味の感想まで言ってくれる。それだけで、田んぼを見る目が変わるんですよ」
感謝の言葉があるだけで、農家の気持ちは変わります。農作業の丁寧さも、仕上がりの品質も、目に見えて向上するのです。
つまり、感謝はコストゼロで最大のリターンを生む投資とも言えるでしょう。喜んでもらうため食味を高めるため肥しに鶏糞を撒くのです。
飲食店や農協が、農家と“人対人”の関係を築くこと。それは単なる人情論ではなく、実利ある調達戦略なのです。
今回のコラムで伝えたかったのは、「農家も、感情を持つ人間である」というあたりまえの事実です。
しかし、そのあたりまえが、日々の業務に追われるなかで忘れられがちです。数量、価格、納期といった数字だけでは見えないもの。そこにこそ、持続可能な調達のカギがあります。
米の供給が不安定になる今だからこそ、「信頼される取引先」になる努力が必要です。
農家と“うれしさ”を共有できる買い手になれた時、供給は自然と安定します。
名古屋の焼肉店のように、農家とお米の話ができる関係を目指してみてはいかがでしょうか。
きっとその先には、価格では得られない大きな価値が待っているはずです。
次の世代のために一歩前へ進みましょう。
皆様からのご連絡をお待ちしています