沖縄本島から西におよそ100キロ。豊かな自然と人々の営みが調和する久米島に、地域経済を長年支えてきた製糖工場がある。久米島製糖株式会社だ。同社は「生産農家と共に島の未来を創る」という理念のもと、農家とともに歩み続けている。
創業以来、久米島製糖は島の人々の暮らしと密接に結びついてきた。サトウキビは久米島の主要産業であり、農家の収入源であると同時に、地域の雇用や社会活動を支える柱でもある。
しかし近年、農家の高齢化や人口減少により、サトウキビの生産量は減少傾向にある。ピーク時と比べると大幅に減少しており、工場運営の採算にも影響を及ぼしているという。
「一定の原料量がなければ、工場の稼働を維持することが難しい。だからこそ地域を挙げて増産に取り組んでいる」と担当者は語る。農家への補助や支援を通じて生産量の回復を目指し、地域全体で一丸となった取り組みを進めている。
生産減少の背景には、気象の変化もある。ここ数年、沖縄を通過する台風が減り、干ばつ傾向が続いている。
「植物ですから、水がないと育たない。日光は人間の努力で出す事は出来ないが、水は人間の努力で撒く事は出来る。水がないとどうしても伸びない」と語るように、サトウキビ栽培にとって水は命だ。
久米島では潅水設備が約4割の地域で整備されているが、老朽化や水圧不足などの課題がある。一部ではトラックに水タンクを積み、ポンプで圃場に散水する取り組みも進められているが、費用負担の重さや「雨待ち農業」の慣習もあり、まだ十分には浸透していない。
「今後、設備を整えても使われなければ意味がない。なぜ灌水をしないのか、出来ないのかを農家への調査を行い、農家の気持ちを理解することが大切」と、同社は現場に寄り添いながら解決策を探っている。
久米島製糖の事業は、サトウキビの製糖だけではない。農家支援から副産物の活用まで、地域循環型の生産体制を構築している。
製糖期は冬場の3か月間(12月~3月)。この期間に集中して稼働するため、それ以外の時期は膨大な設備のメンテナンスが中心となる。
「創業期には“背中を見て覚えろ”の文化があり、体系的な教育が不足していた。今はマニュアル化を進めているが、特殊な機械が多く、メーカーとの直接やり取りも必要で、知識と経験の両方が求められる」と語る。
創業期から続くノウハウの継承と人材育成は、今も同社の大きな課題だ。運転操作も修理もこなす「マルチプレイヤー」が求められる現場では、技術力と柔軟性を兼ね備えた人づくりが急務となっている。
製糖過程で生じる副産物――糖蜜(とうみつ)とバガス(搾りかす)も、久米島製糖では余すことなく活用されている。
糖蜜は内地の企業に出荷され、家畜飼料などに利用されている。バガスはボイラー燃料として再利用され、工場のエネルギーを支えている。「立ち上げ時に重油を使った後は、ほぼバガスでまかなっている」とのことで、余剰分は土壌改良材として農家に還元している。
このように、製糖からエネルギー利用、再び農地へとつながる「循環型社会」の実践は、まさに持続可能な地域モデルの一つだ。
「サトウキビ産業の存在意義を、若い世代に伝えていきたい」
これは、久米島製糖がこれからの10年を見据える上で最も重視しているテーマだ。砂糖の消費量が減少する一方で、資材価格は高騰。経営環境は厳しさを増している。だからこそ、島の経済を支える製糖業の重要性を再認識してもらうことが不可欠だという。
同社では、ホームページやYouTubeを通じて島の産業や取り組みを発信している。「地道な活動ですが、持続可能な循環型の仕組みを伝えることが、若い世代に響くと信じています」と語る姿が印象的だった。
最後に、話題は持続可能な航空燃料(SAF)へと及んだ。サトウキビ由来の糖蜜やバガスからSAFを製造する構想について、久米島製糖の担当者はこう語る。
「技術的には可能だと聞いています。ただ、日本国内の生産量では、安定供給できるほどの量がないのではないかという懸念もあります。」それでも、「もし実現できるのであれば協力したい。サトウキビが新たな価値を持ち、国民にこの産業の意義を知ってもらえるなら、喜んで参加したい」と、希望をにじませた。
サトウキビは、久米島の風景であり、暮らしそのものだ。その営みを支える久米島製糖の姿勢は、単なる製造業を超え、地域の未来を共に築くパートナーとしての誇りに満ちている。
変化する気候や社会の中でも、農家と共に歩み、持続可能な地域経済の礎を築く。その姿こそが、島の未来を照らす灯である。
次の世代のために一歩前へ進みましょう。
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