奄美大島の北部に位置する富国製糖株式会社は、地域農家が栽培したサトウキビを原料として圧搾・清浄・濃縮・結晶・分離という一連の工程を経て、原料糖を製造し、精製糖工場へと出荷するまでを担っています。
原料糖に加え、黒糖焼酎「高倉」や「じょうご」、「浜千鳥の詩」の製造に使われる黒糖も一部生産しており、地域の特産品づくりにも貢献しています。
工場の稼働期間は近年、12月中旬から3月下旬まで。サトウキビの収穫期に合わせ、島中から運び込まれる原料を休みなく処理します。その後、4月からは約8か月に及ぶメンテナンス期間に入り、設備の分解・点検・修理を行います。
現在はまさにその整備の最終段階で、11月の試運転に向けて準備が進められていました。
「この時期の整備をおろそかにすると、製糖シーズンにトラブルが発生してしまう。だからこそ、一つひとつの部品に神経を注ぎます」と話すのは、製造部長の原永さんです。圧搾機だけでも数百点規模の部品を持ち、分解した部品は床が埋まるほどにもなります。
創業者から受け継がれた“ネジ一本まで外して整える”という姿勢が、いまも現場に息づいています。
サトウキビ産業は、単にサトウキビから砂糖を作るだけではありません。いくつもの関係機関がうまく連携することで成り立っています。農家が1年から1年半かけて大事に育てたサトウキビは、現在では約98%がハーベスターによる機械収穫であり、製糖工場の操業計画が決定すると、まず、収穫業者が工場の製糖計画に合わせて、計画的に収穫をする必要があります。
収穫後のサトウキビは時間が経つほど糖度が下がり、品質が劣化してしまいます。そのため、収穫されたサトウキビは運送業者によってスムーズに工場へ搬送し、富国製糖では搬入されたサトウキビを速やかに処理し、原料糖に加工する必要があります。
収穫から原料糖加工まで、一連の作業を役割分担してリレー方式で流れていきます。つまり、工場は操業中にトラブルが発生して製造ラインが停止すると多くの関連機関に影響を与えてしまう事になります。
そのために重要なのが、人と設備のバランスの取れた働きです。工場の正社員は23名、そのうち現場担当は16~17名。製糖期には一時的に約60名の臨時従業員を確保して稼働します。しかし近年、人材確保がますます難しくなっているといいます。
加えて、働き方改革による労働時間の上限規制が導入され、以前のような期間限定の長時間稼働が難しくなりました。
本来はサトウキビの糖度が上がりきる真冬の1月~3月にかけて工場を稼働させるのが理想ですが、今は労働時間を分散するために12月から稼働を始めざるを得ません」。原永さんは、限られた人員で効率的に安定操業運転を維持することが最大の課題だと語ります。
富国製糖が安定した操業を維持するためには、設備や人員だけでなく、自然との調和も欠かせません。
工場には濃縮工程、結晶工程において、真空状態を発生させて稼働する機器があり、真空を発生させるために大量の冷却水を必要とします。
富国製糖では工場から約1km先の河川の河口から流入してくる海水を取水して、この冷却水に利用しています。 しかし、この冷却水の確保が容易ではありません。河口は潮の干満の影響を大きく受け、干潮時には水位が下がって取水量が減少します。 さらに、強風や大雨の後には上流から土砂や落ち葉が流れ込み、取水口に詰まり冷却水が不足する恐れがあります。
また、富国製糖では、同河川の中流域にダムを設け、上流からくる淡水を工業用水の原水として取水し、浄化・殺菌処理をしたのち、各工程に供給しています。
工場は、入口から出口まで一連の作業工程でつながっており、一部の機器に不具合が生じると全て停止してしまいます。製糖工場では、ほぼ全ての工程において水は常時使用しており、冷却水の不足は、即、工場停止につながります。水は、まさに安定操業の生命線といえます。
製糖の副産物も、地域に還元されています。圧搾工程で発生するバガス(搾りかす)はボイラー燃料として利用され、発電や蒸気供給に役立っています。それでも余剰分が発生する場合は、町内の堆肥センターが引き取り、堆肥の原料として再利用されます。
このほか、精脱葉施設で発生するハカマ(サトウキビの葉)や清浄行程では発生するフィルターケーキ、ボイラーで燃やしたバガスの燃焼灰なども、堆肥原料として堆肥センターに提供しています。
また、糖分を抽出したあとの糖蜜は、そのほとんどを家畜用飼料として出荷しますが、一部を肥料原料や土壌改良剤として農家へ提供されており、循環型の仕組みが確立しています。
「以前は島内の利用があまりなかった糖蜜を、昨年、肥料登録して地域農家に提供できるようにしました。畑の土壌改良にもつながり、島内での資源循環を目指しています」と原永さん。奄美の限られた資源を無駄にせず、地域に還元する姿勢が随所に見られます。
近年、世界的に注目が集まるSAF(持続可能な航空燃料)についても、富国製糖では関心を寄せています。サトウキビの副産物であるバガスや糖蜜からSAFを製造する技術は、実用化に向けて研究が進んでいます。原永さんは「燃料としての利用が広がれば面白いと思います」と語ります。
一方で、現場目線では具体的な課題もあります。「糖蜜を貯めるタンクが満杯になって工場を止めることもある。もしSAF原料として引き取ってもらえるならありがたいですが、現状では輸送や保管などの仕組みが整っていません」。製糖の副産物を新たな資源として有効活用するには、島内の物流インフラや集荷体制の整備が欠かせません。
また、富国製糖を傘下に持つ有村グループは、フェリー事業や空港業務、観光業など多岐にわたる地域事業を展開しています。そのため、「もし島で生まれたバイオ燃料が、グループが関わる飛行機や船で使われるようになれば、地域の人にとっても誇りになる」と原永さんは語ります。
島の資源を島で使い、島の交通を支える。そんな循環の未来像に、SAFの可能性を重ねています。
富国製糖の歩みは、まさに「共存共栄」の実践です。創業以来60年余、サトウキビとともに地域と生き、工場を支える技術と人の力を磨いてきました。これからの10年後、20年後を見据え、同社は自動化の推進にも意欲を示しています。限られた人員でも安定操業できる仕組みを整え、地域農家をはじめ、収穫業者、運送業者、JAや自治体等の関係機関への信頼に応え続けるためです。
SAFという新たな可能性は、奄美の製糖業にとっても決して他人事ではありません。副産物の再利用が進み、島発のエネルギーが飛行機を動かす日が来るかもしれません。その時、富国製糖が果たす役割は小さくないでしょう。自然とともに生きる工場が、次の時代のエネルギーを見つめながら、今日も静かに稼働の準備を整えています。

製糖期前の分解修理作業の様子(取材時に撮影)

製糖期前の静けさ 工場の煙突(取材時に撮影)

奄美大島のサトウキビ畑(取材時に撮影)
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